『王アシャルの変身譚』(龍 博詞/Hiroshi Ryū)
- 225hiroh716
- 2025年12月31日
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『王アシャルの変身譚』
プロローグ
すべての権力を掌に収めた老王アシャル
かつて彼は剣で舞い、盾に名を刻み
戦場は彼の采配で勝利を手繰り寄せた。
彼は鎧をまとい、塵と血の雲を割って進み
都市を屈服させ、財宝を山と積み上げた。
しかし、忠誠はあったが真の友はなく
勝利はあったが安らぎはなかった。
独りの夜、王冠を外した彼の頭上には
星々のみが沈黙して瞬いていた。
第一章 白き使者の書簡
老王アシャルの胸には終末の風が吹き始め
彼は自らに問うた
「我が人生は何を生み出したのか」と。
ある憂鬱の日、高き空より白い鳥が舞い降り
城の頂にある王の部屋の窓辺に止まった。
白い鳥が嘴で差し出した一通の書簡には
東方の神秘の国より届けられた魔術師の言葉
――汝、すべてを持つがゆえに空虚なり
――すべてを捨てる覚悟があるならば
若さと放浪と再び鼓動する魂を与えよう
――選ぶなら、この使者の頭を三度撫でよ
王は震えながら
冠と剣、築き上げた帝国を秤にかけた。
そしてついに、彼は自らに言い聞かせた
「生の歓喜なき永命はすでに死である」と。
王の老いた指が三度白き頭に触れると
彼の形はにわかに崩れ溶けて羽に覆われた。
「来たれ」
白き鳥がそう告げて蒼穹へ舞い上がると
姿を鳥に変えられた王も続き、風に身を委ねた。
権力という鎧の下で失われていた
自由の歌とともに、青き空をどこまでも飛翔した。
第二章 再生と恋の始まり
東方の地、赤き薔薇が咲く庭に魔術師は立ち
青銅の剣、ラピスラズリの玉、銀の盃を並べて
台上には沸々と緑の液体を煮立たせていた。
そこに二羽の鳥が舞い降り
魔術師は一羽に触れて、王を元の姿に戻した。
「語れ」と、魔術師は言った
「若返りて、汝は何を欲する?」
王は答えた
「王としてではなく、我を人として愛する心を」
王は緑の液体が注がれた盃を受け取り
それをいっきに飲み干すと、深淵の眠りへ沈んだ。
麗しき青年アシャルは白砂の浜に倒れていた。
美しき娘アイラは心配そうに彼の顔を覗き込み
顔を近づけて息を確かめようとしたとき
アシャルは目を開き、エメラルドの瞳を見た。
旋回していた白い鳥はしばらくして去った。
小麦色の肌、命の匂い、豊かな黒髪
アシャルは知った。所有ではない分かち合う恋を
果実は満ち、夜は歌い、島に争いの影はなかった
満ち足りた日々が永遠に続くように思われた。
第三章 太陽による審判
見よ、水平線の彼方より忍び寄る黒き影を
それは交易の名を騙る抜け目ない捕獲者の船
無垢な人々は迎えようとしたが
アシャルのみが近く起こる災厄を見抜いた。
警告は人々に拒まれ
アシャルはアイラを連れて神の高台へ退いた。
無知は罪ではない
しかし、欲望は必ず刃を伴う。
島は奪われ、人々は鎖に繋がれた。
アシャルは山の供物を捧げ太陽神に祈り、アイラは
衣を脱ぎ、己が身を祈りの場として踊り歌った
その姿は美の化身のごとく、その声は天に届いた。
太陽の光は一点に集まり
船の帆布を裁きの火として穿った。
炎は瞬く間に船に燃え広がり
奪われた金は溶け、強いられた契約は煙となり
富を守ろうと走る商人の手は焼かれた。
炎上による混乱の中で捕らわれし者は解き放たれ
捕獲者たちは知った
欲望は、最後に所有者をも縛る鎖であることを。
太陽は、捧げる者の上にのみ昇り
アシャルが最後に守ったのは国ではなく
ただ一人の名を呼びつづける心であった。




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