物語詩『王冠を捨てた日』
- 225hiroh716
- 5月31日
- 読了時間: 6分
第一章 孤独な老王
すべてを手に入れた老王アシャル。
かつては剣をもって舞い
戦場で勝利をたぐり寄せ
ばく大な財産を積み上げました。
しかし――
忠誠を誓う家臣はいても
真の友を持ったことはなく
大いなる勝利を手にしても
安らぎは得られませんでした。
老王アシャルの胸には
長いようで短かかった
人生の終末を予感させる
冷たい風が吹き始めました。
彼は自分に問いかけました。
「我はこの一生で
いったい何か手に入れたのか」と。
ひとり寝室から空を見上げる夜
王冠を外した老王の頭上には
ただ星々だけが瞬いていました。
第二章 白い使者の手紙
老王の憂うつな日々は続きました。
しかし、ある朝
空から一羽の白い鳥が舞い降りて
王の部屋の窓辺にとまったのです。
鳥は手紙をくわえていました。
差し出されたその手紙は
東方の魔術師からのものでした。
『陛下はすべてを手に入れました。
だから空しいのです。
すべてを捨てる勇気があるなら
代わりにかつての若さと
歓喜にふるえる魂を与えましょう。
それを望むなら
白い使者の頭を三度撫でなさい』
老王はおもわず身震いしました。
なぜなら彼が手に入れたものは
捨てるにはあまりに多すぎたからです。
若さか あり余る財宝か
歓喜にふるえる魂か 広大な領地か
老王はしばらく悩みました。
しかし、ついに
彼は思い切りました。
「魂の喜びにまさる財宝はない」と。
老王の枯れて節くれた指が
白い使者の頭を三回撫でました。
すると彼の姿かたちはにわかに崩れ
灰色の鳥に変わりました。
白い鳥が鳴き声を上げ
青空へ舞い上がると
灰色の鳥に姿が変わった王も続き
翼を広げて風に身を委ねました。
財と権力の鎧の下で忘れていた
自由で伸びやかな歌をうたいながら
雲ひとつない青い空を
東方の彼方へと飛んでいきました。
第三章 魔術師の霊薬
東方の緑ゆたかな森の麓にある
たくさんの美しい薔薇が咲く庭園。
その噴水の前に魔術師は立ち
青銅の剣、ラピスラズリの玉
そして銀の盃を作業台の上に並べ
紫の液体を煮立たせていました。
そこに二羽の鳥が舞い降りました。
魔術師は灰色の鳥に触れて
元の老王の姿に戻しました。
魔術師はたずねました。
「若返ったあとに
陛下は何を望まれますか」
老王は答えました。
「我が王としてではなく
ひとりの人として愛されることを」
魔術師はかすかに微笑み
紫の液体を銀の盃に注いで
青銅の剣で十字を切って呪文を唱え
老王に差し出しました。
盃の中の紫の液体は
冷めても泡立っていました。
その怪しげな紫の霊薬を
老王はいっきに飲み干しました。
すると、彼の視界には
にわかに紫のモヤがかかり始め
体が分解される感覚にとらわれて
意識が静かに遠のいていきました。
第四章 砂浜の出会い
砂浜に心地よい波が寄せ返し
水平線から太陽が顔をのぞかせる時。
朝焼けに染まる南の孤島で
高い椰子の木の下に
どこから来たのか 麗しい青年
アシャルが横たわっていました。
海に海藻を採りにきた島の娘アイラは
見知らぬ青年の思いがけない出現に
とても驚きはしましたが
本能的な期待も懐いて近づきました。
「息をしてるわ。
目を覚ますかしら」
アイラは緑色の大きな瞳で
青年アシャルの顔をのぞき込み
くちびるが触れ合いそうな近さで
ふっと息をふきかけました。
甘い風に鼻の奥をくすぐられ
深淵に沈んでいたアシャルの意識は
地上の世界に呼び戻されました。
目の前には大粒のエメラルド
小麦色の肌 豊かに波打つ黒髪。
久しぶりにアシャルは
美しい命の温かさを近くに感じました。
そのようすを見守るように
空には白い鳥が旋回していました。
第五章 等しく与えあう愛
アシャルがめざめた新しい世界は
あたたかい光に満ちていました。
森にはえる不思議な形の植物は
大きな果実をたわわに実らせ
海からは魚や海藻が豊富にとれました。
島では食べるのに困ることはなく
所有をめぐって争われることもなく
すべては等しく与えられました。
必要なものが与えられる世界で
人びとは互いに等しく与えあいました。
物だけでなく こころや愛も――
アシャルははじめて知ったのです。
力や財で奪い従わせるのではなく
互いに等しく与えあう愛があることを。
アシャルはアイラに連れられて
毎日、見晴らしのよい高台に登り
水平線に夕陽が沈むのを眺めました。
煌めきながら海上を赤く染める光は
ふたりをやさしくも高ぶらせ
一日の終わりに蜜の味を添えました。
アシャルとアイラは
たがいのすべてを与え合い
ふたりの満ち足りた日々は
永遠に続くと思われました。
水平線の彼方から
黒い影が忍び寄るまでは――
第六章 奪う者たちへの裁き
水平線から現れた船は
容赦なく奪う海賊たちの船でした。
疑うことを知らない島の人びとは
船を島に迎えようとしました。
アシャルは未来の災いを戒めましたが
その声は人びとに届きませんでした。
無知は罪ではありません。
しかし欲望はかならず刃を伴います。
人びとは重い鎖に繋がれ
島の珍しい品物は奪われました。
そのありさまにアイラの胸は震えました。
鎖につながれて連れ去られる人びとが
傷つけられることが恐ろしかったのです。
それでも、アイラはアシャルを連れ
昔から神々への祈りが行われてきた
山の上の大きな岩の舞台に昇りました。
祖母から受け継いだ巫女の歌。
けれど神々が本当に応えてくれるのか
アイラにも分かりませんでした。
それでも祈らなければ
この島は終わってしまうのです。
供物が神々に捧げられ
アイラはみずからの輝く体を供物として
まるで美の化身のように踊り歌いました。
すると若い巫女の心からの願いは
天の神々に聞き届けられたのです。
船の帆布の一点に日の光の焦点が結ばれ
裁きの小さな火が起こりました。
火は炎となってまたたく間にひろがり
島から奪った品物にも燃え移りました。
ついに火を消せないことが分かると
奪った者たちは島の人びとの鎖を外し
ともに海に飛び込んで船から逃げました。
エピローグ
連れ去られかけた島の人びとは
奪い去ろうとした海賊たちと
黒い煙を上げて燃え続ける船を
海岸にならんで一緒に見ていました。
船を失って島に残った海賊は
まったく歓迎されない
新入りの島の住民でしかありません。
女たちは無事に戻ってきた夫や恋人に
椀によそった温かな食事を配りました。
そして、海賊たちにも配ったのです。
奪うために生きてきた男たちは初めて
分け与えられる食事を受け取りました。
岩の舞台から戻ったアシャルは
呆然としている海賊たちに言いました。
「奪って富を得ることより
分かち合って生きることの方が
ずっと幸福になれるのです。
それは私が経験したことだから」
隣で寄り添うアイラは
大きな緑色の瞳でアシャルを見つめ
何も言わず、ただ微笑みました。



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