物語詩『魔法使いと湖の妖精』第二部(龍 博詞 作)
- 225hiroh716
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『火の獅子をしずめた者の物語』
第一章 言葉をなくした旅人
声を失ったディプセウスは
宮殿の宴に呼ばれなくなりました。
人々はディプセウスを哀れみ
どう接してよいのかわからず
しだいに距離を置くようになりました。
ディプセウス自身もまた
言葉を持たぬ自分に絶望し
人の輪を避けるようになりました。
やがてディプセウスは
砂漠の王国を静かに去り
隠れるように各地を歩く旅に出ました。
人里を離れて森に入り
動物たちと暮らすようになったのは
それからしばらく後のことです。
動物たちとの暮らしに
言葉は必要ありませんでした。
ディプセウスは
生まれて初めて
何も語らずに生きる時間を知ったのです。
第二章 火の獅子のうわさ
ある日
遠くの都から飛んできた鳥が
不安な知らせを運んできました。
都市で起きた戦争と火事が
長い火の道をつくり
その中に
火の獅子が生まれたというのです。
燃えるたてがみ
炎の息
怒りだけで形づくられた獣。
その獅子が
森へ向かって進んでいると
鳥は震えながら告げました。
ディプセウスは
森の奥で眠る動物たちを見つめ
胸の奥に
感じたことのない重さを覚えました。
第三章 風では止められない炎
ディプセウスは
大きな翼を持つ鳥に姿を変えました。
そして仲間の鳥たちとともに
迫りくる火の道の先頭に向かい
大きく羽を広げ
炎へ向かって風を送りました。
風は炎を押し返し
一瞬
火はたじろぎました。
けれど
火の獅子は激しく吼え
熱風を吹きあげ
怒りそのものを燃料として
炎はいっそう高く噴き上がりました。
勇敢な鳥が
炎のすぐそばまで飛び
最後の力で羽ばたいたとき
強すぎる熱に耐えきれず
炎の中へと落ちていきました。
ディプセウスは
その姿を見つめながら
自分の力が足りないことを
はじめて
はっきりと知りました。
第四章 うしろめたさを抱えて湖へ
ディプセウスは
水の力でなければ
火は止められないと悟りました。
そして
かつて自分がだました湖の妖精
リュミアを思い出しました。
うしろめたさを胸に抱えながら
ディプセウスは湖へ向かいました。
リュミアは
はじめはディプセウスを疑いました。
けれど
声にならないディプセウスの必死な思いが
波のように伝わり
リュミアの心を揺らしました。
リュミアは
アクアマリンの指輪を掲げ
水を呼び
燃えさかる炎の上へと降らせました。
しかし
火の勢いはすでに
水をはね返すほどに
荒れ狂っていました。
第五章 氷のマントと裁定者メトリア
リュミアは
ディプセウスの魂を連れだし
天へと昇りました。
裁定者メトリアは
すでにすべてを知っていました。
アルケオンから預かった
天空の冷気を宿す
氷の糸で織られたマントと
氷の刺股を差し出しました。
「最も炎の強い場所へ行き
火の獅子を抑えよ」
「失敗すれば命はない」
ディプセウスは
言葉の代わりに
深くうなずきました。
その瞬間
意識は静かに途切れ
目を覚ますと
ディプセウスは燃えさかる森にいました。
すぐ近くで
仲良しの犬が吠え
ディプセウスを現実に引き戻しました。
そばには
氷のマントと
氷の刺股が置いてありました。
第六章 火の獅子とのたたかい
ディプセウスは意をけっして
氷のマントをまとい
氷の刺股を手に
火の海へと踏み出しました。
マントは水を散らし
炎を押しのけました。
しかし
待ちうけた火の獅子は激しく吼え
ディプセウスに跳びかかり
氷のマントに喰らいつきました。
引き裂かれる冷気
燃え上がる炎
視界は赤く染まりました。
――ここまでか
その一瞬
彼の心に浮かんだのは
背後で震える仲間たちと森でした。
膝を折りながらも地をつかみ
氷の刺股を最後の力で
火の獅子の首根へ押し当てました。
すると獅子は悲鳴を上げ
炎は力を失っていきました。
やがて火は消え去り
森は静けさを取り戻しました。
焼け残った木々からは
まだ水滴が落ちていました。
エピローグ ふたたび傾いた天秤
そのとき
天の裁定者メトリアの天秤は
静かに傾きました。
ディプセウスは
森と仲間たちの名を呼んだとき
自分の声が
戻っていることに気づきました。
それは
許しでも褒美でもありません。
ただ
かつて奪った者が守るために
命がけで立ち向かったとき
世界のしくみが
静かにもう一度
巡っただけのことでした。




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