物語詩『黒鏡』
オルメディア王は
みずから燃やす思索の炎を頼みとし
臣下や民の声によく耳を傾け
雷鳴のような言葉で
民を導く賢い君主でした。
ただ一人の娘クラリス姫が
熔けた岩のような熱にうなされ
紫の翼が城を覆った夜までは――
その夜
花のようなドレスをまとった姫は
小鳥のような声をとつぜん失い
胸に砂嵐を抱くように喘ぎました。
国中の医師が集められ
祈祷師も薬師も呼ばれましたが
誰ひとり病の名を知りませんでした。
その痛ましさのなか
紫の羽根が刺繍されたローブをまとう
異国の商人が王の前に現れたのです。
「この黒鏡は遠き知恵を映します。
お求めならば答えを授けましょう」
商人が差し出した黒鏡には
星々を刻んだ縁取りが輝き
鏡面の奥には静かな闇が沈んでいました。
王は商人の前に黄金を積み上げ
黒鏡に姫を助ける術を問いました。
すると――
鏡面の奥から光がにじみ
見知らぬ山の薬草と
その調合の方法が映し出されました。
山中でその薬草を探し出し
薬を調合して飲ませると
クラリス姫の病はほどなく癒えて
王の頬を歓喜の涙が伝いました。
それ以来
黒鏡は王の忠実な助言者となったのです。
凶作の兆しを告げ
洪水を予言し
疫病の広がりを知らせ
遠国の動きまで映し出しました。
幾たびも季節が巡るうちに
王国は豊かになり
民は王を讃えました。
賢王オルメディアの名声は
海の向こうまで広まりました。
やがて王は
夜な夜な地下の小部屋にこもり
ゆらぐロウソクの灯の下で
黒鏡を覗き込むようになりました。
そして気づかぬうちに
みずから考える時間を失ったのです。
ある日
黒鏡は王に告げました。
「東の王国が攻めて来ます。
先に討たねば我が国は滅びるでしょう」
鏡面には
軍勢を集める隣国の姿が映っていました。
王は出陣に心を決め
軍を率いて国境へ向かったのです。
その途中――
王は一人の羊飼いの少年を見かけました。
少年は草原に寝転び
雲を眺めていました。
「何をしているのだ」
王が尋ねると少年は答えました。
「考えています」
「答えが見つからないのか」
「見つからないから考えているのです」
王は思わず笑いました。
すると少年は首をかしげました。
「陛下は考えずに答えを求めるのですか」
その言葉は王の胸の奥に
小さな棘のように刺さりました。
その夜
王は久しぶりに
黒鏡を見ずに考えました。
そしてふと気づいたのです。
隣国が攻める理由を
自分は何ひとつ知らないことに。
翌朝
王は密使を送りました。
返ってきた知らせは
鏡の示したものと違っていました。
隣国は戦の準備などしておらず
飢饉に苦しむ民を救うため
倉庫を開いていただけでした。
王はしばらく黙っていました。
足元の黒鏡にはなお
軍勢の幻が映っていました。
王は震えました。
どれほど多くを鏡に委ね
どれほど多くの思索を手放してきたか。
オルメディア王は
頭上高く黒鏡をかかげ
大理石の床へ叩きつけました。
黒鏡は悲鳴のような音を立て
無数の欠片となって散りました。
王は空を見上げました。
いつから見ていなかったのか
思い出せないほど久しぶりに――
空には雲が流れ
鳥が飛び
風が頬を撫でていました。
ただそれだけのことが
ひどく新鮮に思えました。
砕けた黒鏡の欠片は朝日の中で
どこか紫がかった光を
微かに宿していました。



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